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・東南亜マレーポリネシア系メラネシア系の土着民:祖霊神霊崇拝の探訪見聞 ・自然信仰に関わる珍談、奇談 ・自然信仰全般、特に私が関わるアフリカ土俗死霊崇拝の逸話 ・信仰に関わる人々の生き様など
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18:38:10
いにしえの日本、特に東北地方などは食糧不足を解決する一環として子を間引いたり、老人を山奥に棄てる、所謂「棄老」が頻繁に行われて居りました。今となっては昔の習慣として、更に悪習という蔑まれる行為として古い書物に残されるのみです・・・。


当地ラオスは、インドシナ枠内で最近まで取り残され、ようやくグローバル化が萌芽し始めたと謂った塩梅です。私自身は発展を良しとして居りませんが、インドシナに於いては唯一手付かず、そして未開が幅を占めて居った地域で有ります。近代に入ってからも、タイやカンボジアから見ると未開の部族が跋扈する密林地帯とか不明の熱病が蔓延して居り、一歩足を踏み入れたが最後、二度と帰って来る事が出来ないと忌み嫌われて居ったのです。


前置きが長く成りましたが、前述の理由から数年前まで「棄老」や「食人」も御座いました。と云いますか、実際のところ未だに遣っている山間の部落が御座います。正確に申しますと「棄老」に関しては仏教普及の成果か、皆無に近くなったようですが不明の発疹患者や薬物乱用者や極度のアルコール中毒者を、家族が山奥へ運び死に至るまで日々食糧を持参し与えるという事を行って居るようです・・。「棄老」の良し悪しを仏教の教義が賄っても、どういうわけか食人は野晒しの体で御座います。老人対策として弱った老人を屠り、家族もしくは部落民にも振る舞い喰ってしまう習慣が御座います。数年前まで有った、と過去形で前述しましたが実際のところは現在に於いても健在、此れを野蛮で括っても良いのですが、彼らの視点は違います。お頭に籠もる魂は健在でも、経年甚だしい肉体は魂の云う事を聞きません・・。魂を彼の世に押し出して遣る事、腐り掛けの肉体と謂う足枷を排除して遣る事、更に魂の抜けた肉塊を喰らう事で最上の弔いとなるのです。此れぞ究極の祖霊崇拝で有り、生き物が素で授かった自然の行い、獣の雌が年老いて閉経し繁殖不能と成ると若い個体が噛み殺し引導を渡す・・。此れを哀れと括ってはいけないのです。此れこそが、最上そして最後の愛情表現で御座います。爾後、肉体を持った鬱陶しい全ての生物の魂の上に位置し、しようの無い生物を物陰から操作する立場へと回るのです・・。更に「喰う」事は喰われる者にとっての最後の供犠、至高から大義と絶賛される事は間違い無いのです。そして喰った者共は、掛け替えの無い供物を口にする一瞬と成るのです・・。其れが、究極の原始的な祖霊崇拝です。


以上の理由も含めて、近代的な容姿を見せても内々に蠢く本性は原始的です。カンボジア北部の山岳から始まり、ラオスとベトナムの国境に沿うような形で延々と続く山脈は、インドシナの土着民で有るポリネシアやメラネシアを御先祖に持つ末裔が棲んで居ります。文明人の感覚で食人習慣を「野蛮」と括るのはナンセンスで有り、彼らの視野は現実と彼の世が交錯し生きる事を余儀無くされて居るのです。以前、土着民の死霊使いは使役すると云うよりも、逆に好い様に使われて居ると申した事が御座いました。しかし、よくよく考えてみれば、彼らに対し「現実を嘆いて居るのか?」と聞いたわけでは御座いません。我々から見れば、椰子の葉で葺いたような「あばら屋」や「みすぼらしい容姿」は、乞食と映るかもしれませんが、それは物欲社会に慣れた人間から見た目の感覚で、山野で暮らす人々にとっては自然の恵みを充分に受けた生活なのかと捉えます。食糧が不足して、喰うに困る生活をして居るわけでも御座いません。食は足りて居りますが、侵食する消費社会の片鱗が其のような感覚を促すのです・・・。


以前、南部セコン県の死霊使いと山間を巡った経験が御座います。夕刻、山間の霊的な場所の話をして居ったところ、「今から行こう・・」という話に成ったのです。日が暮れる事を不安に思う私を横目に「全く問題無いから・・」との返事。其れから暮れる日を見ながら、先方はどんどん先へ進んで行く、ところどころで立ち止まり、野草や茎などを捥いでは袈裟に提げた袋へ入れて行きました。鬱蒼と茂る草を掻き分けて入り込み出したのは、もう薄暗く成りだした頃合でした。死霊使いは奇妙な口笛を等間隔で吹きながら分け入り、それに遅れずと焦燥に苛まれながら私は後を追い掛けましたが、其の頃には真っ暗で口笛の音を頼りに追い掛けた次第です。道無き道ですから、足はヘロヘロで何度も打っ倒れそうに成りながら従い、かなり経った頃、「では、此処で寝るか・・」と云いだしたのです。実は、一生で三度目の密林での野宿。前回はキューバ北西部に位置するエスカンブライ山脈に於いて、同じくアフリカ系術師との野宿でした。同日に帰れるつもりで居たので、何か物凄い損をした気分に成りました。其れを尻目に死霊使いは、「霊場は夜が明けたら見せてやる。でわ、御休み・・。」と寝てしまいました。異様に鳴く鳥の声を聞きながら、寝付けるか否か不安に思って居ったところ、「ブヒ!ブヒ!」と近付く鳴き声・・。気味が悪くなりシャツを頭に巻き、手で耳を栓しながら悶々として居りましたが、何時の間にか寝入って居りました。目覚めると夜は白々と明けて居りました。既に死霊使いは起き、何かひと仕事終えた雰囲気で提げ袋がパンパンに膨らんで居りました。どこから採って参ったのか、中身がスカスカの薄い甘味を持った果物で腹拵えをして、死霊使いが常に作業をする大木と岩壁がトンネル状になったところから流れ出る川を見に参りました。曰く「穴の奥は墓場のようなもので、昔は死体を納めた。此の川と大木は、歳月の掛かった霊場で無数の霊が棲んで居る・・」との事。奇妙と云うよりも荘厳な感覚を受け、一心に祈って其の場を後にした次第です。


部落に戻ってから、死霊使いが持参しパンパンに膨らんだ提げ袋を広げると、喰える様々な野草や茎や独特の果物、大きな芋状の物も幾つか有り、締めた蛇も一匹入って居りました。其の蛇を死霊使いは器用に皮を剥ぎ、腸を取り出してから開いて火で炙ったのです。私に振舞って呉れたわけですが、味付けは無いもの其れでも香ばしく染みでる肉汁の味は今でも忘れられません。要するに、旨かったわけです。


棄老」や「食人」の話から、少々反れた感も御座いますが、私が申し上げたいのは肉体を持つ魂は肉体を養う為に栄養を注がなければ成らない事。現代のように、店というものに行けば通貨を使用して好きなだけ得られるのとは違い、生き物本来の正常な糧の取得方法は、其れが山野や川で採れる幸で有ろうが、究極の共食いで有ろうが全ては至高の思し召しで有り、至っては其れを有難く受けて生活する彼らの方が、実に幸福ではないかと考える此の頃で御座います。


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