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・東南亜マレーポリネシア系メラネシア系の土着民:祖霊神霊崇拝の探訪見聞 ・自然信仰に関わる珍談、奇談 ・自然信仰全般、特に私が関わるアフリカ土俗死霊崇拝の逸話 ・信仰に関わる人々の生き様など
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06:11:28
日野日出志が居た昭和

私にはトラウマというものが無い。そもそもトラウマ自体の感覚が解らない。日野翁の作品をトラウマ漫画と揶揄するが、私は其の様に感じた事は微塵も無い。

私の幼少期、日本の真裏、亜熱帯の島国で粗全域がスラムの様な街並。其処での朧げな唯一の記憶は、売女であろうムラータ(黒色系の強い白色との混血)に導かれ、幼児趣味が有った此の女は人喰い鮫が噛み付く際に大きく開ける口の様な悍ましい陰部を晒し、私の頭を鷲掴み無理矢理ゲテモノ陰部へ押し付け舐めさせようとした。激臭を伴う白濁液が流れ出で、息を止めて拷問に堪えるひと時、物凄く長く感じたがゲテモノ陰部も其れが放つ激臭も、所謂トラウマには成って居ない。

時は流れて昭和四十年代半ばから後半、東京の下町・江戸川区と葛飾区の境界に私達の家族は棲んで居た。ゼロメートル地帯と呼ばれ、下水インフラ不足から豪雨が続くとすぐさま膝腰迄冠水する様な場所。大小のドブ川が何処にでも有り、常に異臭を放って居た。ドブ川には、あらゆる物が打ち捨てられて居た、家具・人形・タイヤ・自転車・三輪車・乳母車・割れた皿・等々。犬猫の死骸なぞも普通に浮いて居た。稀に土佐衛門が膨張して河豚の化け物の様に浮かぶ光景を、警察やらが必死に救い上げるのを目撃した事もある。新小岩駅近くの荒川・中川の傍に大同製鋼の巨大工場が有った。巨大な煙突からモクモクとどす黒い煙を吐いており、工場が吐き出す廃液は其の儘、傍の中川へ放出された。勿論の事、中川は絵の具を混ぜた様な色合いと異臭を放って居った。

当時、東京は光化学スモッグ警報が毎日発令されて居たし、特に江戸川区や江東区は六価クロム土壌汚染で土壌は汚れ、春江町以西の田園は見た目にはほのぼのとして居たが、足や目が一つ余計に有る蛙なんぞを捕まえ、子供ながらに大気汚染や土壌汚染の深刻さを感じた。

新小岩と小岩には、貧しい在日半島人が可なり居た。近所に半島人のバタ屋を遣る肋家が有り、其処のオヤジに頭陀袋いっぱいの蝦蟇を何度も買い取って貰った事が有る。八百屋が捨てた野菜屑を拾って着ては煮込んで居た。何れも喰う為だろうが、行政で手の回らない所謂「犬殺し」が逃した犬や猫も捕獲して喰って居たと思う。

偶にチャリンコで墨田区の八広まで遠征する事もあった。部落関係の出自が多く、皮なめしを生業として居る家庭が多かった。八広の道をチャリンコで走って居ると、剥いで間もない牛や豚の皮を積んだトラックがボタボタと血を垂れ流しながら駆け抜けていった。八広の道路は袋小路が多く、稀に仲間が部落の小僧に捕まり散々ヤキを入れられた。私も二度捕まり一度は懇願の末に開放、二度目は隙を狙って金玉蹴りあげ脱兎の如く退散。非常に幸運であった。

此の様に、半島人や部落の小僧は日本人に敵対心を持って居たが為に、半島人が居る地域や部落の地域は避け、どうしても行かなければならない場合は徒党を組んで出かけたものだった。一度チャリンコで其れも夕刻に友人がどうしても浅草に行こうと聞かんので出掛けた。浅草に着き、ひさご通り商店街辺りでジュースでも買うかという話しに成った。背後から「何買ってんの?買ってあげようか?」とドスの効いた声、振り向くと筋骨隆々で女装したオカマ。不気味な様に睾丸も縮んだ。呆気に取られた私を他所に、私の友人は「あ!!オカマだ!」と叫んでしまった。友人の安否も忘れ、チャリンコに飛び乗り必死に逃げた。遠くから振り向くと、私の友人はオカマに抱き抱えられ連行されて行くのが見えた。後日、太いイチモツを肛門に入れられてしまった話を聞く、本人は「未だ痛くて座るのがキツイ・・」と嘆いて居た。思えば、小学五年にしてアナルを開発されてしまった友人。消息は付かないが、健常な性生活で有る事を祈るばかりである。

はてさて、日野先生漫画についてが主体であるが、いつもの悪い癖で前置きが長く成り失礼。

昭和四十年代も後半で在ったが、私の家の近所には貸本屋が五軒も在った。自宅の玄関口の狭いスペースに書棚を並べ、一冊辺り二十円か三十円で貸して居た。確か期限は一週間。昭和三十年代後半に描かれた水木の短編漫画集ばかり当初は借りていた。或る日、入った別の貸本屋で「地獄の子守唄」と書かれた、今は無き「ひばり書房」版の日野作品と出会う。中身も見ず借りて、即座に家へ帰って読み耽った。絵柄も然る事ながら、絵に出てくる風景は己の近所。狂気的な主人公にも魅力を感じた。バセドー病の様な目、其の目に血走る血管、昆布を乗せた様な髪の毛、独特に誇張された手指の描き方。内容もそうだが、絵柄に心底惚れてしまった。爾後、「地獄の子守唄」を皮切りに「幻色の孤島」や「まだらの卵」なぞ、貸本屋に有った日野作品を借りては返しを繰り返し何度も読み返した。日野作品の真骨頂は短編に有る。中でも「蝶の家」「水の中の楽園」「七色の毒蜘蛛」「赤い花」、此の四作品は私が感情移入出来た作品。予め断って置くが、「赤い花」の主人公の様にカンニバリズム的な傾向は無いので悪しからず。些細な事から変わってしまう運命の主人公、固執するが為にとった方策が常軌を逸し、其れでも続ける事が正道と捉える主人公。何れの悲哀も脱し難い運命に、子供ながらもどかしさを覚え悶々とした。日野作品に異常に嵌った私は、当時の親友に勧めた。嗜好がお互い酷似して居たので、彼もすぐさま作品に嵌り、終いには日野先生の住所及び電話番号を手に入れた。

一日、友人が「先生と連絡とれたぜ!訪問受けて呉れたから行こうぜ!板橋の蓮根だってよ」

物怖じ無い友人は、日野先生と連絡を取りアポイントを取ってしまった。最終的にお宅へ訪問したのだが、昭和五十一年(1976年)で今から四十三年前の事、朧げにしか覚えて居ない。何処の馬の骨ともつかない餓鬼を、暖かく迎え入れて呉れて食事や飲み物も御馳走になった。優しい奥様の顔も朧気ながら蘇る。帰りしな、新品のひばり書房版の作品を五冊も頂くという恩恵。其れから数日は、興奮冷め遣らない日々を送った。

其の後、中学から武道に打ち込み漫画も忘れ、日本屈指の或る意味悪辣な武道校へ寮生で入学し、恐れ慄きながらの寮生活で先輩の道着を洗濯所で洗濯して居た待ち時間、打ち捨てられた自販機のエロ漫画本を見つけた。捲って居たら、何処かでみた絵柄、日野先生のエロ作品で有った。内容は全く覚えて無いが、「と或る団地の昼下がり・・」で始まる。先生独特の切れ長の目で、口元に小さなホクロの有る女が凌辱される内容だっと思う。私自身、初年で先輩連中との軋轢や日々の激しい訓練で身も心も疲弊して居た矢先の出来事。束の間の間接的な再会に「ああ、先生も頑張ってらっしゃる・・」と少々勇気を頂いた。後々知ったのだが、此の頃(昭和五十五年:1980年)の先生は需要が無くなり、漫画で食って行く事が難しく窮地で在ったそうだ。

此れ以降は、私も高校卒業を機に海外へ出で其れも共産圏へ棲もうという無謀な構想を現実に移して行き実現。キューバという共産圏では比較的オープンな国へ居を移した。オープンといっても、未だ未だソビエト連邦健在の時代。敵国アメリカの傍らに存在するキューバは、ソ連にとって大事な国のひとつ。苦難続きで、自分で云うのも何だが波乱万丈で在った。其れでも十年キューバに棲んだ。其処で出会ったのは、アフリカ伝来の祖霊精霊崇拝、一時だが神霊に山羊を供犠として血液を捧げて居た最中、山羊の首頸動脈から流れ出る血液を見てる内に不図、先生の作品が過り心の中で「子供の頃、熱中したな・・」と思い其処で過りは消えた。そんなこんなで、日野先生との縁もぷっつりと切れ、記憶の奥底に沈んでしまった。

昨年、偶々日野先生がツイッターを始められ、フォローした事で縁が再開。とんとん拍子に話が進み昨年十二月に、現在の住居が在る所沢にて再会を果たした。シックスサマナ主宰・黒沢氏も同行され、なかなか楽しい時間を過ごす事が出来た。

私が勝手に思う事だが、日野翁の出自は満州、這う這うの体で苦労して戦後日本に戻られた。日野先生は赤子であった為、ご両親は想像を絶する苦労をされて戻ったのであろう。零下の地を何日も無蓋車に揺られて移動した御話を聞いた際は絶句してしまった・・。戻られてから住まわれた先は能く存ぜぬが、先生曰く「満州国は亡国である為に故郷は無い」と・・。私も同じようなもので有るが、先生ほど悲観的に思う事は微塵も無い、ただ「三つ子の魂百まで」とは能く云ったもので、亜熱帯の地に惹かれ棲んでしまう。更に、先生は小型のリクガメを本格的に飼われ愛でて居られる。偶然な事に私も此方ラオスにて、大型リクガメを三頭飼って居る。私の勝手な方便で申し訳ないが、物凄く親近感を感ずる。四十三年振りの再会も含め、縁がある御方なんだなと沁み沁み思うのです。

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01:26:26
偶々と或る人物から、日本のTVショッピングでジャワシャーマンが入魂した呪物「お宝ポーチ」が売ってます。という情報を受け、其のTV画像と品物(呪物???)を見せてもらった。何のことは無い、ピンク色の趣味の悪い単なるポーチ、曰く「これを持つとお金がザクザク!!」と謳って居る。更に、どう見ても諸霊への供物を捧げる儀式画像を、ポーチに念を込めて居るところと有る。更にジャワで無くバリ島(バリはヒンドゥ教)の様な雰囲気。ポロヴドール・ヒンドゥ遺跡の有るジョグジャカルタや隣州のスラカルタのソロ市は回教流入以前はヒンドゥ教全盛。回教となった今も回教のジンイスラム成立以前のアラブ祖霊精霊崇拝)遣いが古ヒンドゥを集合させ、シャーマンが則った呪術や呪物を盛んに喧伝して居る。幾人かの知己のシャーマンへ、前者の画像を見せたら怒ったのちに呆れて笑って居た。

其の様な紛い物呪物がTVショッピングで放送される事で吃驚、そんな下卑た物を有難く買う購入者の気が知れない。更に売れて居るというから驚き。不景気の日本、TV局も審査を厳しくしたら収益で困窮する為、こんな物でも審査通してしまうのだろうな、というのが私の印象。

さて、ジャワ島の回教&古ヒンドゥ習合のシャーマンが活き籠める主体呪物は、キジンブンケムという二枚貝の呪物。古の時代、宝貝や二枚貝は貨幣として珍重され、そのような理由から呪物として仕上げ大いに珍重された。ただ、単なる海で拾う貝では無く、化石(というより宝石化)となった二枚貝或いは墓石を削り二枚貝状に仕上げアラブ語の呪文を入れた二種。

前者の化石となった二枚貝は(下記画像)、身体のプロテクションを重きに置いた物。爭いごとで刃物で攻撃されても体を通さない乃至切れない。針やガラス片が体に刺さらない。銃弾を通さない等々。物騒な場や、その様な状況に置かれる事が多い人物が持つ様です。まあ、近年精神を遣られた人物が刃物や拳銃で無差別殺戮する世の中。誰もが持っても良い呪物だと思います。
images.jpgBATU_FOSIL_MUSTIKA_KIJING_BUNGKEM_GALIAN_BUKIT_GUNUNG_JATI.jpg

後者の墓石を削った二枚貝(下記画像)は、商売繁盛・金銭運向上・不労所得等々、金銭に焦点を中てた呪物で墓石を使うことから金銭執着し無念にも此の世を去った先達の霊の力を利用します。
The-Sacred-Amulet-Of-Kijing-Bungkem.jpgazimat-kijing-bungkem-rajah-arab_3.jpg

最後に、インドシナのシャムのグマントーンやカンボジアのコンクロといった、亡くなった赤子の霊を使役する呪物の大元は、回教到来以前のジャワ・スリヴィジャヤ時代の土着信仰とヒンドゥの賜物です。SACRED CLAY(聖なる粘土)と表現されますが、墓地を掘り起こし粘土質の土を用意し、其れに亡くなった赤子の骨粉を混ぜ赤子人形を形成し仕上げ、最後に赤子の霊を入魂します。未だ連綿と継承されて居ります(下記画像)。
The-Sacred-Amulet-Of-Tuyul-Pampam-300x300.jpgjimat-tuyul-hitam-merangkak_1.jpg

ひょんな事から、アフリカ続きの私ですが昔の知己を頼って、興味深い物をみましたので綴らせて頂きました。

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22:32:06
私のサイト「西アフリカ・ヴドゥ呪術」の項目内、「呪物の御案内」に於いて各呪物に対し、補足を付け加えました。どのような方に適した呪物なのか?どのような効果を望めるのか?を併記致しました。

呪物の御案内https://www.animism666.com/%E5%91%AA%E7%89%A9%E3%81%AE%E5%BE%A1%E6%A1%88%E5%86%85/

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00:14:50
今の生業に関わってから、稀に己の霊体験を顧みる事が有る。

餓鬼の頃、家族で棲んで居った肋家の汲み取り便所で用を足して居ると、其の日は屋内に誰も居らない筈で有るのに、便所の戸を弱弱しく叩く音。焦燥に駆られながら尻を拭き、泡を食いながら戸を開けようとするが開かない。当時の家は肋家だけに便所の鍵は無く閉まる事は有り得ない。焦りに焦った挙句、嫌な音色のオルゴールが聞こえた途端、戸は開き急いで隣家に居る母の元に逃げた事。

もうひとつは、同じ肋家の六畳一間で家族五人並んで寝て居った真夜中、母の隣で寝る私は青白い光で目が覚めた。真夜中で有るのに、青白い光は母の鏡台を照らし、其の鏡台に母は座り込み時代にそぐわぬ白粉を顔に塗り付けて居る。呼ぼうと思ったが、急に恐怖に苛まれ布団に潜り数秒と経たぬ内、布団から顔を上げると青白い光は無く、漆黒の闇に小さな夜間灯。青白い光に照らされた鏡台の下で白粉を塗ったくって居った母は、横でスヤスヤと眠って居った。

以上ふたつの体験は、私が五歳前後の幼い頃のもので有り、実際は朧げな記憶で有る為に何とも云えない。

其れ以降、此れといった霊体験は無く十五歳に成長した私は、柔道を嗜み五輪選手を多々排出する世田谷・松陰神社に隣接する中高大一貫の、と或る高校へ進学した。柔道で勇名を全国に轟かせる一方、悪名の高さでも名を馳せた学校で有り、卒えたら末は官憲か極道かと云われる学校でも有った。武道で入学した者は、松陰の杜に隣接する松陰寮に入る。越境入学者が多く、寮生活は必須で有ったのだが、此の学校は戦前の右翼結社を母体とする気風から、軟弱を排除するが為に寮生活をする事で旧日本軍の様な仕来りを養わせる、といった狙いも有った。

一年目の寮生活は過酷を極めた。一部屋に二段寝台が二つ。初年生二名・二年生一名・三年生一名といった按配である。三年神様・二年平民・初年塵芥・・・。先輩への御奉公に加え、一日最低でも五時間から最高十時間に及ぶ柔道の稽古。奉公の仕方が悪いと、稽古後、寮の屋上へ集合を掛けられお決まりのヤキを散々喰らう。厳しい訓練と精神的な圧迫で、初年生は一様に痩せていく。喰っても喰っても痩せて、二か月で二十キロは痩せる。私の場合は三十五キロ減で在った。

少々話が反れてしまった。松陰寮という寮は、高校及び大学の学生を百名ほど収容出来る作りであり、当時にして築三十年ほどで、戦後間も無く建築された代物で有った。創設者は変質極まりなく、男の気概を常に求め、寮建設に際しても学生を動員したと聞いた。素人であるから、当然足場から落ちたりなぞ、建設中の事故も多発した様だ。また、建物の周囲には濠を構え、全ての部屋の窓には鉄格子が拵えて在った。云うまでも無く、逃亡阻止に加え飛び降り自殺なぞせぬ様にとの配慮。棲み始めた当初は、入った事を心の底から悔いたものだった。

棲めば都と俗に云うが、棲むのみに関しては慣れるのに然程時を要さなかった。ただ、慣れてくると嫌なものが目に入る様に成った。初年生は前述した様に自由を拘束されて居ったので、唯一の自由は「寝る時」「用足しの時」「地下洗濯場のひと時」、此の三つの時だけ。

或る日の晩、眠りに付く前に不図、横の壁に目を遣ると「死にたい」と「田舎に帰りたい」という薄く成った文字が目に入った。初年生同士で話をすると、皆々「俺のベッドの横にもある・・・」と一様に云う。「死んだ方が楽」「このまま寝て死ねないものか」「明日こそ屋上から飛び降りてやる」等々、昔の初年生の苦悶の跡が何処にも有った。

四か月が過ぎた初夏の蒸し暑い晩の事。激しい訓練で精魂尽き果て、蒸し暑さも忘れ死んだ様に眠りに付いた深夜、冷蔵庫の物静かな音が矢鱈耳に付き目が覚めた。ただ、その時点で目は覚めて居るが手足の自由が効かない。変な病に冒されたか!?と思ったのも束の間、寝台に誰か居る気配を感じた。向かいの寝台に居る初年生の仲間かと思ったのだが、急に凍り付く様な寒気を覚え、目は見えて居ないにも関わらず、痩せこけて粗末な布を纏って伸びに伸びた髪を晒した男女の区別が付かない何者かが、私の体に覆い被さってきた。此の世の者で無いと理解した途端、其の瘦せこけた風貌にも関わらず百キロを超すのでは無いか、と思われる化け物の重圧が圧し掛かり、息も絶え絶えに成った頃合、柔らかな声音で「そういう時は念仏を唱えるんよ・・」と聞こえ、必死に覚えの有る念仏を唱えたのでした。すると、重圧は徐々に退いて行き、終いには目も開き身体の自由も回復し起き上がり見回すと、しんと静まり返った室内に、当初聞いた冷蔵庫の音が物静かに鳴って居った。

先輩や同期の初年生に話して見ると、同様の経験をした者が何人か居た。更に、上階の大学寮でも、そんな事は日常茶飯事で在った様だ。後々聞いた話では、松陰寮の長い歴史の中で体罰で死んだ者や自殺者は数多居り、此れといった的な供養もされて居ない建物で有る事を知る。

其の様な金縛り体験を機に、私の媒体質は開花してしまった。爾後、ひと月に四・五回金縛りに悩まされた。

寮を出るまでは、同じ様な一体のに金縛られて居ったが、其れ以降は老若男女のあらゆるに金縛られた。珍しいところでは、複数の幼児の霊に金縛られ、其の間、延々と幼児の嬌声も同時に聞く上に、身体各所を触れまくられるという事も有った。

此れは、キューバへ移住しアフリカ由来の自然崇拝パロ信仰死霊契約をする迄、八年ほど継続したので有りました。

今思えば、あれだけ霊に金縛られて居たわけで、今の様に使役の方策を心得て居たならば、色々な面で人生が変わって居ったのではないか、と思う今日此の頃で御座います。

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11:15:08
東南アジア・タイに伝わる伝統呪物でシャム・ヴドゥという異名を取る呪物で、いくつかの呪物は大いに好評を得て頂いた為、ご用意できる範囲で再度ご提供させて頂きます。詳細は以下のサイト項目から御覧頂けます。

項目「シャム・ヴドゥ呪物

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